「Fetish World」山咲千里 [PETER ARNELL]

写真集

「Fetish World」山咲千里 [PETER ARNELL]

 

senri(山咲 千里)(やまざき せんり、1962年4月24日 – )は、女優、ファッションモデル、エッセイスト、ビューティーアドバイザー、DJである。本名:杵村 千里(きねむら ちさと、旧姓:山崎)。京都府京都市出身。

東映で時代劇や特撮ものなどを多く手がけた映画監督・山崎大助と、元女優・美山れい子夫妻のもと第一子として出生。年の離れた弟がひとりいる。

小学校時代は重篤な疾病を抱え虚弱で通学不可能だったため、教師が自宅に来て勉強を教えてくれていた。中学在学中までに病を克服し、勉学等の都合もあり山咲は東京都へ転居。1979年、神奈川県立百合丘高等学校在学中、NHK朝の連続テレビ小説『鮎のうた』ヒロインオーディションに合格し、女優としてデビュー。当初は清純派・おとなしい女性の役が多かった。

転機が訪れたのは1990年代。ボンデージファッションへの傾倒と清純派一辺倒からのマンネリ脱却を目指し上梓した写真集『ANOTHER SKIN』(1992年スコラ刊、撮影リウ・ミセキ)で一躍セクシー路線へ転換。その後数冊セクシー路線の写真集を出版、演技の仕事でもセクシーな役柄を多くこなした。1996年秋にはミニアルバム『envy』でエイベックスより音楽活動にも進出。

ファッション・美容には並ならぬこだわりを持つ。特にボディコンへのこだわりは深く、1980年代半ばから知己の服飾デザイナーとボディコンを一貫したコンセプトとした婦人服ブランドをプロデュース(現在は撤退)したり、ウエストを細くしたいと最下部の肋骨を左右一対抜いてしまったなどの逸話を持つ。当初はこのスノッブ・突飛とすらいえる拘りを臆面なく公言する山咲には厳しい批評もあったが、2000年代に入り『22枚の女の切札』(2000年刊行)以降の美容関連の出版物は、多くの女性や山咲トオルなどに好意的に受け入れられている。最近では日本女子をドール顔に導いたとして益若つばさを尊敬するという発言をして、40代後半にして、益若のようなギャルメイクにも挑戦した。

大のクラブサウンド愛好家である。10代の頃からクラブ通いをしていたといい、Dragon Ashの熱烈なファンであることも公言。また、自身もテイ・トウワの弟子と公言し「DJ AOBA」として様々なクラブイベントで活動しており、WIREやLOOPA主催のパーティーなどクラブイベントにも多く参加している。

私生活では30代後半まで独身を通し、その間政財界の名士や子息、青年実業家、美容外科医らとの浮名も流したがDragon Ashファン同士として知り合ったデザイナーの男性と事実婚状態にあることを公表、その後正式に結婚した。

2012年にモデル事務所ジャパンモデルエージェンシーと専属契約を結び、関西を拠点にモデルとして活動。

その後、ジャパン・モデル・エージェンシーと山咲が代表を務めるサウザンド・ウェイとの間で専属契約に関する法的トラブルがおきたが、2016年9月8日に和解が成立し、同時にジャパン・モデル・エージェンシーとサウザンド・ウェイとの間の専属契約が終了したため、ジャパン・モデル・エージェンシーと山咲は契約関係にはないことが発表された。

2019年3月、芸能事務所ワイエムエヌとの業務提携を開始した。

 

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